第2回 カスタマーサクセスを実行するうえで重要となる3つの要素
シリコンバレーに端を発し、近年は日本でも広まりつつある「カスタマーサクセス」。それは「顧客の成功こそが、自社の成長・成功の鍵である」という革新的な概念であると前回の記事でご紹介しました。今回は、カスタマーサクセスに取り組むうえで重要となるポイントをご説明していきたいと思います。
カスタマーサクセスの実現に向けて
カスタマーサクセスの本質は、自社製品やサービスを顧客に長きに渡り活用していただくことで、顧客の直面する様々な課題を解決し、顧客が理想とするゴールに向けて伴走することにあります。その過程で自社製品やサービスを改良・改善し、顧客ロイヤルティとカスタマーエクスペリエンスを向上させることで、リテンション(顧客維持)率とLTV(Life Time Value)を最大限に引き上げることを目的としています。では、これらを可能にするためにはどうすればいいのでしょうか。カスタマーサクセスを実現するためには、意識しなければならない3つの重要なポイントがあります。
-
【ポイント①】「カスタマーサクセス」は組織内で共有されるべき"理念"
どの経営組織にも、営業、マーケティング、製品開発、カスタマーサポート、経営企画といったように様々な部署が存在しており、それぞれの部署が各々の役割を果たすことで企業活動が成り立ちます。第1回の記事でもご説明したように、カスタマーサクセスはカスタマーサポートとは全く異なる概念です。そして営業とも製品開発とも異なるため、ある程度独立した部隊として権限を付与される必要があります。それは、新たな職位―CCO(Chief Customer Officer:最高顧客責任者)―として海外でも普及しつつあります。情報革命以降、各社でIT部門が登場した際にCIOが置かれたように、CCOの存在が世の中で当たり前となる日も近いのではないでしょうか。
このようにカスタマーサクセスが確実に実践されるためには、カスタマーサクセスがなぜ組織にとって重要なのか、カスタマーサクセスに取り組むことでどのようなメリットがあるのかを、全社で理解する必要があります。そのためにはトップダウンで実行する経営者の強いリーダーシップが必要ですし、その概念を社員一人一人に浸透させなければなりません。トップダウンかつ全社で取り組むことで初めてカスタマーサクセスが実践されるという点で、カスタマーサクセスとはビジネス活動を行う組織の全社員に浸透されるべき共通の理念なのです。
-
【ポイント②】カスタマーサクセスを実践する組織の構築
カスタマーサクセスは「売った」時点から顧客との関係性がスタートするため、その製品やサービスにとって適切な顧客(=製品やサービスを本当に必要としていて、共にゴールまで伴走できる顧客)でなければ、カスタマージャーニーの道半ばでお別れするという不本意な結末となってしまいます。営業のミッションは、顧客数(販売数)を最大化させることなので、時にはカスタマージャーニーを描けない不適切な顧客を獲得してしまう可能性があります。これではカスタマーサクセスを実現することはできないので、共に伴走できる正しい顧客を選択するためにも営業との連携が不可欠です。また顧客のフィードバックを製品やサービスの改善・高度化に活かす必要があるので、エンジニアと連携することも同様に重要です。
カスタマーサクセスチームを組織のどこに置くかでその意味合いは大きく変わります。売上を重視するのであれば営業の中にカスタマーサクセスチームを置きますが、短期的視点になりやすいという課題があります。プロダクトやサービスのより良い改善を重視するのであればエンジニア部隊の中にカスタマーサクセスチームを置きますが、これは顧客視点が入りづらいという課題があります。顧客満足度を重視する場合はカスタマーサクセスチームを独立させますが、その場合は企業目標との連携が大きな課題となります。いずれにしろ、その企業が何を目指すのか、顧客とどのような関係性に重きを置くのかで、カスタマーサクセスチームの存在価値は異なってくるのです。
カスタマーサクセスにおいてはデータが非常に重要であること、さらにはそのデータを分析し、顧客の状態を予測することが重要であることはすでにお話ししました。そのため、顧客と関わる全てのプロセスにおいて、テクノロジーの活用は欠かせません。とはいえ、カスタマーサクセスの運用を全てテクノロジーでカバーできるかというと、決してそうではありません。例えば、年額150万円のシステム一括管理サービスを数千の顧客に提供する企業と、月額1,000円の音楽ストリーミングサービスを数百万の顧客に提供する企業では、顧客との関係性を維持する方法が全く異なります。提供する製品やサービスによって企業にとっての顧客価値は異なるため、テクノロジーを活用することは大前提としつつも、顧客に対する最適なアプローチ方法を選択する必要があるのです。
下記の図は、顧客価値ごとにアプローチ方法を階層化したタッチモデルです。このピラミッド構造では、上からハイタッチ、ロータッチ、テックタッチと分類され、下に行くほど顧客価値が下がる一方で、一度に対応できる顧客数は増えるというモデルです。 ハイタッチは個別の顧客対応のことで、企業に対して大きな利益をもたらしてくれるいわば大口顧客に対して、専任担当が常に導入支援や利用向上のためのフォローを行います。ロータッチはハイタッチとテックタッチを組み合わせた中間に当たるアプローチで、大口顧客ではないけれども重要な顧客ではあるため、人による接触は最小限に抑えつつも必要な場面では個別にアプローチします。テックタッチは、顧客価値自体は決して高くないものの、ロングテールかつ全体として企業の収益に大きく貢献する顧客層を、営業リソースをかけずに繋ぎとめておくためのアプローチです。メールやウェビナー、ポッドキャスト等を駆使することで、人的リソースを投入せずとも一度に多数の顧客とタイムリーに関係を維持することができるのです。
カスタマーサクセスでは "Time to First Value"(顧客が最初に価値を感じるまでの時間)を最短にすることが成功に向けての第一歩となります。ハイタッチ、ロータッチ、テックタッチのどのタッチモデルにおいてもテクノロジーの活用は不可欠ですが、人的リソースを投入する場合とテクノロジーを駆使する場合とを上手に組み合わせながら"Time to First Value" を最短にする成功体験を積み重ねていくことが大切です。
「カスタマー」を取り巻く類似概念について
今回はカスタマーサクセスに取り組むうえで重要な3つの要素についてご紹介しましたが、カスタマーサクセスとしばしば混同されがちないくつかの類似概念について最後に整理したいと思います。
CXとは、一般的に顧客ライフサイクルにおいて顧客と企業が関わり合う全ての交流の結果として、顧客がその企業に対して抱く認識のことです。ここでは顧客が企業との一連の関わりのなかで認識する感情が重視されており、その感情をコントロールして顧客満足度を高めていくことがCXの管理では重要とされています。顧客満足度を計る調査がカスタマーサクセスにおけるヘルススコアの計測にも使われるため、CXとカスタマーサクセスは一部重なる部分があります。
- Customer Relationship Management (CRM:顧客関係管理)
CRMとは、売上や利益に貢献する優良顧客を増やしてビジネスを成功に導くための顧客志向のマネジメント手法のことだと広く認知されています。ITシステムの発達によって膨大な顧客情報の蓄積や管理が可能となり、顧客情報の分析結果を可視化できるようになったことでCRMが発展してきたという経緯があります。顧客志向という点でCSM (Customer Success Management)と重なる部分は多いですが、CRMはもともとSalesforceやMicrosoft、Oracleが自社のサービスを提供する際の市場として定義したものです。カスタマーサクセスは企業経営における理念や哲学であるという点で異なりますが、CRMに内包される概念でもあります。
ここまで記事を読んでいただいた皆さんは、カスタマーサクセスに取り組む準備が整いました。
- 理念として会社全体に浸透させること
- そのうえで組織内にカスタマーサクセスを実践する専門のチームを最適な形で作り、独立した権限を持たせること
- そして自社の顧客を関係性に応じてタッチモデルのピラミッド階層に分けた上で運用の指針を決め、テクノロジーを活用しながらタッチモデルごとの適切な顧客運用を行うこと
この3点を実践することで、カスタマーサクセス実現に向けての第一歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。しかしながら、これだけでは顧客を真の成功に導くことはできません。最終回にあたる第3回は、顧客を成功に導くための10の原則についてご紹介します。