●はじめに
昨今のビジネス環境において、テクノロジーの潮流を把握することはもはや必要不可欠と言えます。テクノロジーの潮流に対する世の中の期待値や普及時期を可視化する、米ガートナー社の「ハイプ・サイクル」。この日本における最新版が、「Gartner, 日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル:2017年, S.Yamanoi, 2017年9月29日」として去る10月に発表されました(※1)。本レポートにおいては、すでに耳馴染みのある、AI、IoT、RPAに加え、今年は新たに、「生体認証」や「OSコンテナ」、そして「ブロックチェーン」などが注目のテクノロジーとして取り上げられています。詳細は当該レポートを参照いただくこととして、AIやIoT(そしてIoTプラットフォーム)、RPA、ブロックチェーンについては、「過度な期待」のピーク期にあり、文字通り注目度と共に、テクノロジー活用による効果創出に対する期待が非常に高い状況です。実際、弊社のクライアント様においても、ユーザとして、もしくはソリューションベンダーとして、これらテクノロジーとどのように向き合って行くかを強く課題認識され、弊社にご相談いただくケースも増えています。今回はこの注目かつ期待値の高いテクノロジーのうち、「IoT(プラットフォーム)」と「ブロックチェーン」の関係性と可能性について、それぞれの概要を振り返りつつ、述べたいと思います。
●IoTに関する極簡単なおさらい
IoTとは「Internet of Things」の略であり、「モノのインターネット化」と日本語訳されます。IoTとは何か、という一元的な定義はありませんが、抽象的に定義するとすれば、「世の中に存在するあらゆる人/モノに、通信機能を有したセンサーを設置・付帯することで、人/モノが発する様々なデータ・情報を、センサー、インターネットを経由して取得・活用できるようにする概念、またはその仕組み」と言えるでしょう。もしくは、「人/モノが物理的に存在している現実世界と、データ・情報が論理的に存在している仮想世界を技術によりつなげ、見えるようにする、使えるようにする技術」とも言えます(なお、IoTプラットフォームとは、こういったIoTを実現するために必要な機能をクラウド上で提供するプラットフォームサービスのことを言います)。
IoTが大きな注目を集めたきっかけは、ドイツ政府が推進する国家的政策「Industry4.0」でしょう。Industry4.0のコンセプトは、ドイツの強みである生産技術とIoT等先進ICTの統合活用と、企業を超えた連携体制の構築であり、言い換えれば、IoT等先進テクノロジーの活用を通し、製造業企業内外で"つながる"ことで、ドイツ製造業全体が抱える、生産性の向上(多品種少量生産:マスカスタマイゼーションの実現)とその基礎となる"情物一致(トレーサビリティー)"の実現といった課題を解消することを目的に推進されています。そしてこれは、ドイツ製造業全体で、次世代のドイツ式モノづくりを確立することで、アメリカ式や中国式のモノづくりに対抗する、防波堤・ファイヤーウォール作りを意図した取組みでもあります。
なお、ここでいう"つながる化"は、IoTをベースにしたいわゆるCPS(Cyber Physical System)の考え方を意味しますが、これは以下三層で構成されると考えられます(図)。
<企業内>
① 工場内のつながる化:
製造現場の人・機械が相互につながり、全ての生産・製造工程(部材供給→製造・組み立て→品質検査→出荷等)がつながる。製造プロセスの水平統合。
② 工場とオフィス・本社のつながる化:
製造現場である工場と設計・企画、各種調達等を行うオフィスや本社とつながり、企業内エンジニアリングプロセス(製品企画→開発・設計→工程設計→生産・製造→販売→アフターサービス等)がつながる。エンジニアリングチェーンの垂直統合。
<企業間>
③ 企業間のつながる化:
例えば、部材仕入れ、製造委託、販売・保守委託等々、企業内外の全プロセスがつながる。全体バリューチェーン(エンジニアリングチェーン+サプライチェーン+α)の企業間統合。
図:製造業におけるIoT浸透・深化における企業内外の"つながる化"(イメージ)
ちなみに、「Industry4.0」の他、GE・IBM等米IT企業が共同設立した「Industrial Internet Consortium(IIC)」による「Industrial Internet」や、中国の「中国製造2025」、そして日本においては「Connected Industry/Society5.0」等、IoTや関連テクノロジーを組み合わせることで、高付加価値化や社会問題解消を狙う国家的・大規模な取組みが各所で進められています。詳細はそれぞれ仔細に言及されている各文献にお任せするとして割愛しますが、狙いやアプローチ方法は、それぞれ異なるところはあるものの、いずれもある程度のオープンイノベーションを前提とし、一企業の枠を超え進められているということは共通していると言えます。
一方、そうであるがゆえに、新たな障壁の発生が予見されます。端的にいうと、セキュリティとコストの問題です。前者は、企業間での連携においてセキュリティインシデントが発生した場合はどちらの責任か、それを回避するための打ち手はどこがどこまで担うべきか、というような問題であり、後者はセキュリティ対策に係る費用やIoTでつながる上で必要なシステム構築・維持等費用の按分はどうすべきか、というような問題です。現在の企業内においても情報セキュリティリスクを完全に回避し、安全性を100%担保することは事実上不可能です。言い換えれば、企業内外での接続が増えれば増えるほど、当然脆弱性は増し、セキュリティホールは増えると想定されます。また、一企業では想定されない膨大な情報量とそれを捌くために必要となる莫大なコンピューティングリソース(そしてそれを維持する資金)が必要となることが予見され、各取組みにおいてこれら問題の解決方法の確立が急がれている状況です。
IoTの進展・深化に伴うリスク・問題への打ち手としてのブロックチェーン
従来のテクノロジーをベースに上記問題を解決しようとすると、企業を跨いで全体を整合・管理する中央集権的で非常にハイスペック(そして恐ろしく高額な)な仕組みの構築が必要になります。しかし、「ブロックチェーン」を活用することで、非中央集権的でかつハイスペックな仕組みを廉価に構築することができる可能性があると考えられています。
まず、改めてブロックチェーンとは何か簡単に振り返ります。IoTと同じく、ブロックチェーンにも統一された明確な定義があるわけではありません。一般的には、分散型取引台帳管理技術とも呼ばれ、コンピュータネットワーク上の複数拠点に分散した関係者(コンピュータ、ノード)の間で、取引記録(台帳)の内容を相互に検証・合意・共有し管理する仕組みを指します。既存の暗号技術などの組み合わせで作られており、仮想通貨「ビットコイン」を支える技術として、「サトシ・ナカモト」なる人物により開発されたと言われています。従来のシステムの構造を変革しうる技術として非常に期待が高まっているわけですが、その主たる特徴として以下が挙げられます。
- データの非改竄性:
全ての取引をブロックに見立て、各ブロック(=取引)を次々と連結させる仕組みであるため、過去のデータを改竄しようとすると、当該データを共有している大量の全ノードにある、それ以前の全てのブロックに対し同時に改竄する必要がある。結果、膨大な処理能力が必要となるため、実質的に改竄が不可能(以前のフォルクスワーゲン社の排ガス不正や昨今の日本の自動車メーカーにおける無資格者による検査実施等も回避できる可能性が高い)。 - 取引の信頼性(=透明性・安全性):
仕組み上、全てのブロック(情報資産)には、公開鍵と所有者の秘密鍵が付与されている。つまり、全ての取引実績は参加者全員に公開・共有されており、参加者であれば誰でもその取引実績の内容を把握可能。一方、秘密鍵を有していない限り、その情報資産の所有者であることの特定・証明は不可能。 - システムの高可用性(と結果としての廉価性):
ネットワークに接続されている多数のコンピュターで同一のデータを持ち合い、分散管理する仕組みであるため、特定のコンピュターがダウンする、データを喪失するなどの不具合が発生したとしても、他のコンピュターが正しく稼働していれば、全体としての品質は維持される。
また、分散管理するため、中央集権的な役割を担う、膨大な処理を可能とする大規模なコンピュターは不要となるため、コストも抑制可能。
ブロックチェーンの特徴である、非改竄性、信頼性、高可用性と廉価性を活かすことで、IoT普及により企業間の連携が進むことで発生するであろう、上述情報セキュリティリスクやシステムリソース・コストの問題を回避・解消できる可能性があると考えられています。具体的には、ブロックチェーンの一形態である、「コンソーシアム型(複数企業・団体による管理を前提とした形態)」を採用し、参加企業内に閉じたブロックチェーンの適用を実現すると共に、参加企業間での取り決めを定め・順守することで、上記ブロックチェーンの特徴を恩恵として享受することができると想定されます。
なお、一見メリットだらけに見えるブロックチェーンについても、当然デメリット・弱みは存在します。IoT普及期において、上記リスク・問題を回避・解消し、企業内外の取引のトレーサビリティーを高める上では有用と考えられるブロックチェーンも、あらゆるユースケースに対する万全の策・最適解であるわけではありません。例えば、パフォーマンスとリアルタイム性には難ありと言われています。理由はいくつかありますが、一つには、ブロックチェーンが、そのコアとなるコンセプトでもある、「Proof of Work(=PoW)」という合議制の仕組みを採用している以上、全ての参加者全員のコンセンサスを取りながら処理を進める必要があるため、ファイナリティ(=これが正解であるという最終判断)に時間を有してしまうことに起因します。従い、1秒あたりに数千件のトランザクションを処理する能力が求められるような金融取引には向いているとは言えません。当然といえば当然ではありますが、ブロックチェーンの特徴・強みを活かせる領域を見極めて適用することが、効果創出においては必要不可欠です。
●まとめ
以上、今回は、Industry4.0等を背景に、製造業におけるIoT進展・深化が進み、各企業が、各企業の枠を超えてつながることで発生するリスク・問題とその打ち手としてのブロックチェーンの活用について概念的に述べてきました。言わずもがなですが、このIoTを通して企業がつながるという方向性と、それへの打ち手としてのブロックチェーンの有効性は、製造業に閉じたものではありません。今後、多種多様な業界・取組において、検討が進められるでしょう。また、IoT・ブロックチェーンそれぞれがまだまだ潜在的な可能性を多分に秘めたテクノロジーであり、今後も単体なり、その他テクノロジーとの組み合わせなりで、上記のような用途以外の様々なサービス・ソシューションが展開されることが期待されます。ブロックチェーンについては、弊社でも、クライアント様に新たな価値を提供できるよう、技術者育成、研究・開発や実証実験、ソリューション検討等の各種準備を進めています。情報交換・協業検討等、ご興味のある方は一度お気軽にお問い合わせいただければ幸いです。
ご興味ありましたらお気軽にお問い合わせください。
<注記>
※1 ガートナーは、ガートナー・リサーチの発行物に掲載された特定のベンダー、製品またはサービスを推奨するものではありません。また、最高のレーティング又はその他の評価を得たベンダーのみを選択するように助言するものではありません。ガートナー・リサーチの発行物は、ガートナー・リサーチの見解を表したものであり、事実を表現したものではありません。ガートナーは、明示または黙示を問わず、本リサーチの商品性や特定目的への適合性を含め、一切の保証を行うものではありません。
執筆者紹介
ビジネスインキュベーション&コンサルティング部 部長